健康長寿というと、
私たちはつい
「何を食べれば長生きできるのか」
「どんな運動をすれば健康になれるのか」
といった話に目を向けますが、
沖縄県大宜味村の長寿文化を考えていると、
それだけでは説明できないものが見えてきます🌺
大宜味村の人々の暮らしには、
現代人が失いつつあるものがいくつも残されています。
一つが「ユンタク」です🗣️🌿
ユンタクとは、
沖縄でいうおしゃべりや世間話のことで、
特別な目的があるわけではなく、
近所の人と顔を合わせて話をする、
昔のことを語る、
冗談を言って笑うといった、
いわば「何でもない時間」です。
しかし、この何でもない時間こそ、
人間関係を維持するためには非常に重要なのでしょう。
もう一つが「ユイマール」です🤝
困ったときにはお互いに助け合い、
自分が誰かに助けてもらったら、今度は自分が誰かを助ける
という相互扶助の文化です。
地域の中にある信頼関係や社会的つながりに近いものですが、
重要なのは、単に「助けてもらえる」ということではなく、
「自分も誰かの役に立てる」ということです。
高齢になっても畑仕事をしたり、
家族や近所の人を手伝ったり、
地域の中で役割を持って暮らすことは、
身体を動かす機会になるだけではありません🌱
「自分はまだ社会の一員である」
「自分を必要としてくれる人がいる」
という感覚にもつながります。
これは健康長寿を考えるうえで、
食事や運動と同じくらい重要な要素なのだと思います。
昔の生活には、さらに
「生活そのものが運動となっている」
という特徴もありました🚶♂️🌾
歩く、畑を耕す、掃除をする、物を運ぶ
といった日常生活の中に自然な身体活動が組み込まれていました。
ところが現代社会では、
車や家電、インターネットなどによって生活は非常に便利になり、
その気になれば外出しなくても
ほぼ問題なく生活できるようになりました。
現代人が、健康のために、
わざわざジムへ運動しにいく、というのは、
昔の人が聞いたら相当奇妙に思えることでしょう。
さらには、
昔の地域社会には
「一人で全部を抱え込まない」
という文化もありました🤝🏘️
現代では、
自立すること、他人に迷惑をかけないことが美徳とされますが、
ユイマールの考え方は少し違うようです。
人に助けてもらうことも社会の一部であり、
自分も元気なときには誰かを助ける、
その循環の中で暮らしていくのです。
私はこのことが非常に重要だと感じます🏥
ユンタクの「関係のない話」をすること自体が、
その人にとって大切な時間なのかもしれません。
誰かと話し、自分のことを聞いてもらい、
社会との接点を持つことに意味があります。
現代人は、食事や運動については意識しています📱
一方で、
歩く機会、人と話す機会、助け合う機会、
自分が誰かの役に立つ機会、
そして目的のないおしゃべりをする時間は、
効率化によって失ってしまっているのではないでしょうか。
(気づけば『長電話』という言葉すらも、
スマホlineの普及によって死語となっているのです。)
健康長寿とは、🌿
身体を動かし、人と話し、笑い、誰かを助け、
自分も誰かに助けてもらい、
年齢を重ねても自分なりの役割を持って暮らすことの、結果なのでしょう。
大宜味村の「ユンタク」と「ユイマール」の習慣は、
私に健康の原点を教えてくれました🌺
健康長寿のために、
「どのように人とつながり、どのように毎日を生きるのか」。
そこに大きなヒントがあると、私は思います✨