📱 江戸時代の提言、『養生7訓』の経験則を鑑みて
InstagramやXが普及して以来、
私たちはかつてないほど大量の情報に囲まれて生活するようになりました。
育児、教育、受験、資産形成、健康、仕事、人間関係に至るまで、
スマートフォンを開けば、
あらゆる分野の専門家や経験者が自分の考えを発信しています。
しかし、私は、情報をたくさん持っていることと、
人生を正しく理解していることは、
まったく別の能力なのだと思っています。
📖 「小智は大智を害す(しょうちはだいちをがいす)」
目先の小さな知識や浅い知恵にとらわれることで、
かえって大局的な判断を損なってしまうという意味合いです。
これは、現代の情報社会を考えるうえで、
非常に示唆に富む言葉だと思います。
🏛️ 昔の人々は、経験を基にして生きてきた
古代、中世、近代、昭和の人々には、もちろんInstagramもXも、
インターネットもスマートフォンもありませんでした。
遠く離れた土地で何が起きているのか、
世界の人々がどのような生活をしているのか、
現代人のように瞬時に知ることはできませんでした。
それでも人々は、
自然災害、飢饉、疫病、戦乱、家族の問題など
数え切れない困難を乗り越え、
次の世代へと命をつないできました。
そこにあったのは、膨大な情報ではなく、
日々の経験、失敗から学んだ教訓、親から子へと
受け継がれてきた生活の知恵だったのでしょう。
もちろん、医学や科学の発展によって救われた命は数え切れません。
情報化社会からの莫大な恩恵は間違いなく存在します。
ただ、情報が少なかった時代にも、
人間は経験を積み重ね、考え、判断しながら生きてきたのです。
情報がなければ生きていけないのではなく、
経験を知恵に変えることで生き延びてきた。
このことは、現代人が改めて考える価値のあることだと思います。
📱 情報が増えるほど、幸福から遠ざかることもある
ここで思い出すのが、ブータンの幸福度です。
かつて幸福を重視する国として知られたブータンも、
外部の情報や生活様式の流入によって、
人々の価値観が変化してきました。
他人の豊かな生活を知ることが、
必ずしも自分自身の幸福を増やすとは限りません。
🌱 「隣の芝生は青い」という言葉がありますが、
現代人は世界中の青い芝生を
毎日見せられているようなものです。
他人の成功例を大量に知ることで、
自分の人生までその尺度で評価するようになれば、
情報は幸福をもたらすどころか、
際限のない比較を生み出してしまいます。
🇯🇵 情報大国の日本で、何が起きているのだろうか
現在の日本人は、
歴史上でも、世界でも、もっとも情報に恵まれた国民の一つでしょう。
ところが、その一方で、
日本では少子化が進み、名目GDPの世界順位も低下してきました。
もちろん、情報化社会だけが原因ではないと思います。
結婚や出産に伴う経済的負担、育児の大変さ、教育費、仕事と家庭の両立など、
SNSにはさまざまな情報が流れてきます。
それらは決して間違った情報ばかりではありません。
しかし、あらゆるリスクや不利益を事前に知り尽くそうとするあまり、
人生の一歩を踏み出すこと自体が難しくなってはいないでしょうか。
🧠 情報を集める能力より、情報を捨てる能力
私は、情報化社会の本当の難しさは、
百花繚乱ともいえる情報を得ることではなく、
情報を取捨選択することにあると思っています。
他人の成功体験を読むことと、
自分自身で失敗を経験することは違います。
誰かの育児論を知ることと、
実際に子供と向き合いながら親として成長することも違います。
🌿 ときには、知らない方が幸せなこともある。
他人と比較することをやめ、
目の前にある家族や仕事、
日々の暮らしに目を向けることで、
初めて気づく幸福もあるのでしょう。
小智は大智を害す。
目先の知識に精通するあまり、
人生全体を見通す知恵を失ってしまう。
情報通であることよりも、
自分の知らないことがまだまだあると謙虚に考える方が、
人生を豊かにしてくれるように思います。